1. 朝鮮鉱床論に関連する資料
1.1 「朝鮮鉱床論」と参考文献の読解を妨げる経時変化について
昭和 19 年 (1944) 発行の定次郎の著作「朝鮮鉱床論」(以下 原著)では、金、銀、鉄などの鉱山が数十か所 紹介されていて、読者は道郡面名などをもとに各位置などを知りたくなるかもしれません。 しかし、書かれている地名などから位置を特定するのは、簡単な作業ではありません。理由の一つとして、著者本人も冒頭で触れているように、この本には図版が全くありません。 そして、参考文献が章ごとに一覧されているものの、本文と文献の対応が不明瞭だし、次表のように多くの事柄が時間を追って変化 し、地名や行政区画が地図と一致しない場合があります。例えば、原著に「宣川郡 宣川邑」と書かれていても、地形図の初版が作られた大正 5~7 年(1916~1918)の頃にはまだ邑(ゆう)に昇格していないので、「宣川郡 宣川面」を探す必要があります。
経時変化する事柄として、次のようなものが挙げられます。
番号 | 経時変化する事象 | 例 | 根拠となる主な資料 |
---|---|---|---|
1 | 地理 | 鉱山、地質系統(層序)、鉄道路線、駅名、道路、行政区画、地名 | 鉱区一覧、論文雑誌、鉄道局年報、地形図、行政区画便覧、灯台表 |
2 | 学術的知見 | 学会や研究機関の報告 | 学会誌、雑誌、報告 |
3 | 物質 | 鉱物名、化学組成、結晶構造、周期表 | 図鑑、鉱物辞典、教科書、理科年表 |
4 | 日本語 | 左右横書き、旧字体漢字、歴史的仮名遣い、送り仮名 | 国語審議会答申、内閣告示 |
5 | 法令 | 法改正、府令 | 官報 |
6 | 技術 | 探鉱、採掘、試験、製錬、浚渫(しゅんせつ)、物流 | 試験報告 |
7 | 経済 | 需給、資源商品、通貨、投資 |
原著や参考文献を読み解き、真偽を確認するためには、これら経時変化する情報を、時間軸を考慮しながら分野横断的に追跡する必要があります。
1.2 地形の変化
また、地形そのものも変化します。現代の空中写真と見比べると、大正期の地形図の頃には蛇行していた河川の流路が現代では浸食で(あるいは人為的に?)ショートカットしている場所や、巨大なダム湖に水没した場所もあります。また、大正期の地形図ですら、既に過去となった砂金の露天掘り跡と思われる穴が点在する場所や、過去に採掘で賑わったことを想像させる地名なども見受けられます。
この地図は 大正 7 年 (1918) 測図 昭和 11 年 (1936) 修正測図の地形図 谷山 13 号「成川」の一部で、北緯 39.25°東経 126.21°付近です。西流する「沸流江」がまだ大きく蛇行していることを示しています。「成川」(せいせん、성천、Sŏngch'ŏn)の街の西。流路が最接近する付近に舟の記号や歩道が描かれ、西へ道が続いていることから、これが渡し舟であろうことが想像できます(初版の地形図では、西側の流路にも もう一艘 舟が描かれています)。現代では ここで川が西へショートカットしています。「成川」の街から北東の丘をはさんだ南岸に見える採鉱地記号が、定次郎の原著で紹介されている「三川鉱山」(みかわ?/さんせん? こうざん)と思われます。
1.3 各分野の関連情報
近年では幸いなことに、各国の多くの人や機関の努力により、様々なデータベースが整備され、定次郎の時代に使われていた大正から昭和初期にかけての地図や文献、例えば地形図、行政区画便覧、鉱区一覧、鉄道局年報、論文、雑誌、図鑑など、多くの情報を手軽に閲覧できるようになりました。書籍など(著作権の事情で)ネット公開されていないものであっても、各地の図書館内の端末でなら閲覧したり有料複写依頼できる場合もあります。
公開情報などについて、下記の各ページで複数の発行年の版へのリンクを示しています。(地形図は、少なくとも 大正 5 年 (1916) ~大正 7 年 (1918) ごろの初版と、 昭和 10 年 (1935) ごろ以降の改訂版があります。)
朝鮮鉱床論 再録版
関連する地図
文体や表記の変化
行政区画
鉱区一覧
鉄道局年報
官報
論文 雑誌の検索
図鑑や物性
研究機関の資料
地質系統(層序)
地名辞典
画像の出所について
上記画像のうち、行政区画、鉱区一覧、鉄道局年報、図鑑、地名辞典のものについては、それぞれ「国立国会図書館デジタルコレクション」の下記を基に加工し作成しました。
- 朝鮮総督府官房地方課 編『朝鮮行政区画便覧』昭和18年10月1日現在,朝鮮行政学会,1944. https://dl.ndl.go.jp/pid/1454489 (参照 2023-04-25)
- 朝鮮総督府殖産局鉱政課 編『朝鮮鉱区一覧 : 昭和16年7月1日現在』,朝鮮鉱業会,1942.2. https://dl.ndl.go.jp/pid/1905834 (参照 2023-04-25)
- 朝鮮総督府鉄道局 [編]『年報』昭和10年度第1編,朝鮮総督府鉄道局,昭和11. https://dl.ndl.go.jp/pid/1079352 (参照 2023-05-23)
- 朝鮮総督府地質調査所 編『朝鮮鉱物誌』,三省堂,日本出版配給,1941. https://dl.ndl.go.jp/pid/1903765 (参照 2023-04-25)
- by B. Kotô and S. Kanazawa『A catalogue of the romanized geographical terms of Korea』,Tōkyō Teikoku Daigaku,Maruyap,1903. https://dl.ndl.go.jp/pid/1678549 (参照 2021-06-12)
上記画像のうち、官報のものについては、국사편찬위원회 - 조선총독부 관보 (韓国 国史編纂委員会 - 朝鮮総督府官報)の web ページのスクリーンショットの一部を利用しました。Of the images above, we used a screenshot from the web page of the National Institute of Korean History, NIKH (국사편찬위원회) - Official Gazette of the Governor-General's Office (朝鮮総督府 官報).
上記画像のうち、地形図については、スタンフォード地理空間センター(米国)がパブリックドメインとしているものを利用しました。
上記画像のうち、地質系統(層序)のものについては、京都大学学術情報リポジトリが公開している資料を利用しました。